疲れが取れないのはなぜ?スピリチュアルな意味と、休むことへの罪悪感
こんにちは。京都こころ整体の信高あづさです。
週末にたっぷり寝たはずなのに、月曜日の朝にはもうからだが重い。せっかくの休みの日も、ソファに座っていると「洗濯もしなきゃ」「あれもまだ終わってない」と、そわそわして落ち着かない。
「休んでいるのに疲れが取れない」と感じている方の多くは、実は、からだは横になっていても、こころがまったく休めていないのかもしれません。
今回は、疲れの種類を整理したうえで、「休むことへの罪悪感」という、こころのクセについて一緒に考えていきます。
「疲れ」には、3つの種類があります
疲れは、痛みや熱と同じように、からだが「そろそろ休んで」と知らせてくれるサインです。ただ、ひとくちに疲れといっても、どこが疲れているかによって、必要な休み方が変わります。
からだの疲れ
立ち仕事や家事、運動などで筋肉を使ったあとの疲れです。眠ったり、お風呂で温まったりすると回復しやすいのが特徴です。
頭の疲れ
パソコン作業や考えごと、スマホの見すぎなどで、頭を使い続けたときの疲れです。目の奥が重い、集中できない、ぼーっとする、といった形で表れます。横になっていても、スマホを見ていると頭は休まりません。
こころの疲れ
気をつかう人間関係、責任の重さ、言えない我慢などからくる疲れです。眠っても取れにくく、「なんとなくずっとだるい」「何をしても楽しくない」と感じやすくなります。
「寝ても疲れが取れない」というときは、からだではなく、頭やこころのほうが疲れていることが多いのです。
「休むことへの罪悪感」が、疲れを長引かせる
休みの日に何もせずにいると、「怠けている気がする」「みんな頑張っているのに」と、胸のあたりがざわざわする。そんな方は少なくありません。
この罪悪感があると、からだは休んでいても、こころは「休んでいる自分」を責め続けています。責めている間、からだは緊張したまま。これでは、どれだけ時間をかけても、疲れはなかなか抜けていきません。
スピリチュアルな視点から見ると、取れない疲れは「あなたは、何かをしていなくても価値がある」ということを思い出すためのサインです。
小さいころから「ちゃんとしなさい」「役に立つ人になりなさい」と言われて育つと、知らないうちに「役に立っている自分にしか価値がない」と思いこんでしまうことがあります。疲れは、その思い込みを少しゆるめて、「ただ、ここにいるだけでいい」自分に戻るきっかけをくれているのかもしれません。
休めなくする思い込みを、書きかえてみる
休むことに罪悪感がある方は、こころの中に、休むことを許さない言葉を持っています。その言葉を、少しやさしい言葉に書きかえてみましょう。
「休むのは、サボること」
→「休むのも、明日の自分のための大事な仕事」
「みんな頑張っているのに、わたしだけ休めない」
→「人と比べなくていい。わたしにはわたしのペースがある」
「疲れたなんて言ったら、迷惑がかかる」
→「疲れたと言える人のほうが、長く元気でいられる」
「全部終わらせてから休もう」
→「終わっていなくても、休んでいい」
最初は、書きかえた言葉に違和感があるかもしれません。それで大丈夫です。声に出したり、手帳に書いたりしているうちに、こころが少しずつ新しい言葉になじんでいきます。
罪悪感なく休むための、小さな練習
予定に「何もしない時間」を書きこむ
手帳やカレンダーに、「休む」という予定を先に入れてしまいましょう。30分でかまいません。予定として決めておくと、「休んでいいのかな」と迷う気持ちが減ります。
寝る前に「今日の疲れ度」をつける
寝る前に、今日の疲れを10点満点で点数にしてみてください。7点以上の日が続いたら、それは「休むべきタイミング」の合図です。自分の疲れに気づけるようになることが、上手に休むための第一歩です。
休んだあとに「休めたね」と声をかける
ゆっくりできた日の終わりには、「今日はちゃんと休めたね」と自分に声をかけてあげてください。休んだことを責めるのではなく、認めてあげる。それをくり返すうちに、休むことが少しずつ怖くなくなっていきます。
おわりに
疲れが取れないのは、あなたが弱いからではありません。それだけずっと、休む間もなく誰かのために動いてきた証です。
なお、しっかり休んでも強いだるさが何週間も続く、体重が急に減った、熱っぽさが続くといったときは、からだの病気が隠れていることもあるので、まずは医療機関で相談してくださいね。
京都こころ整体では、Zoomでお話を伺いながら、こころに積もった疲れを一緒に見つめていきます。「休んでいいんだ」と思える時間になればうれしいです。
※こころ整体は医療行為ではありません。症状が続くときは、医療機関の受診を優先してください。
